二契約神学
(文責:石井秀和)

二契約神学とは

二契約神学(Two-Covenant Theology)とは、「異邦人が神との関係をもつためにはイエス・キリストによる新しい契約(新約)が必要である。しかし、元々神の民であるユダヤ人は、従来からのアブラハム契約やモーセ契約を通して神との関係を保持しているので、イエス・キリストを信じることは不要」とする神学です。神との関係をもつ道として、異邦人へ神の契約と、ユダヤ人への神の契約という、別々の二種類の契約が並存していると考えているところから「二契約神学」の名前があります。

欧米でのユダヤ教との対話から生まれた神学

日本国内のプロテスタント教会では、今のところ、二契約神学を積極的に信じている教会はほとんどないと思われます。二契約神学は、身近な所に存在するユダヤ人・ユダヤ教との和解・対話を推進する、欧米のキリスト教会において近年発展してきたものです。「イスラエル民族と神との契約は廃棄され、キリスト教会が新しいイスラエルになった。ユダヤ人は神に呪われた民族」と考えてユダヤ人を迫害してきた歴史をもつ、欧米の教会の神学者たちが、過去の失敗を反省するあまり、イスラエル問題について過度な結論に至ったものです。つまり、「イスラエルと神との契約は破棄されたという考えは誤りである。その契約は決して破棄されていない」というところからさらに進んで、「この契約が有効なので、ユダヤ人はイエス・キリストを信じなくても救われている」という結論に至ったものです。

二契約神学に基づく神学議論の例

ドイツの神学者たちの小論を収録した『キリスト教とユダヤ教―キリスト教信仰のユダヤ的ルーツ―』(教文館発行)には、二契約神学に基づいた次のような記述があります。

すでに、ユダヤ教に対するキリスト教の罪の歴史を恥じることが、「ユダヤ人伝道」を禁じます。しかしもっとはるかに重要なのは、「ユダヤ人伝道」を意識的に、また内的な確信をもって取りやめることを命じる積極的神学的な根拠があるのです。「ドイツ福音主義教会『教会とユダヤ教』研究委員会」は、一九九一年の第二研究において、次のように言っています。「神の、その民イスラエルとの契約は解除され、ユダヤ人は神から見捨てられたというような理解は、もはや決して弁護されない。ユダヤ民族の選びは有効なまま残っている」(「キリスト者とユダヤ人U、ユダヤ教との関係における新しい神学的方向づけのために」ドイツ福音主義教会研究、一九九一・一八)。これは、もはや無理解によって問いに付されることはない一致点です。神のその民との契約は解除されていないというこの考えは、メシアとしてのイエスにどのようにかかわるかということによってイスラエルを裁かないことを可能にします。
(p.161「教会はユダヤ人たちに伝道すべきか」)

「ドイツ福音主義教会『教会とユダヤ教』研究委員会」の研究発表を引き合いに出すこのような記述から、ドイツの教会には「ユダヤ人に伝道すべきではない」というある程度の強い声が存在している様子が伺えます。

尚、本書の日本語への翻訳者は、ユダヤ人に伝道すべきでないという考えを支持しているわけではなく、このような議論が今存在することを日本の教会に紹介するために敢えて本書を訳したことを「翻訳者の序」の中で述べています。

二契約神学は明らかに聖書に反する

ユダヤ人にはイエス・キリストは不要とする二契約神学は、明らかに聖書の教えに反しています。聖書は、いかなる人もイエス・キリストによる以外には救いがないことを明確に述べています。また、新しい契約(新約)はイスラエルのためにこそ与えられたものであることも、聖書は明確に述べています。

わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネ14:6 イエス・キリストご自身の言葉)

この方(イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。 (使徒4:12 ユダヤ人である使徒ペテロの言葉)

神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。(Tテモテ2:5 ユダヤ人である使徒パウロの言葉)

見よ。その日が来る。―主の御告げ―その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。(エレミヤ31:31 ユダヤ人であるエレミヤの預言)

二契約神学とメシアニック運動

二契約神学は明らかに誤りですが、もし二契約神学が真理であるとするならば、イエス・キリストをメシアと信じるユダヤ人たち、つまりメシアニック・ジューたちは、ユダヤ人たちの中で最も愚かな集団ということになってしまうでしょう。信じる必要のないイエスをわざわざ信じ、同胞のユダヤ人にイエスを宣べ伝え、迫害まで受けているからです。しかし、聖書が明確に述べているように、ナザレのイエスこそが、聖書に預言され、ユダヤ人たちが待ち望み続けてきたイスラエルのメシアです。イエスをユダヤ人のメシアと信じ宣べ伝えるメシアニック・ジューこそ、真理に立つ人々です。

二契約神学は、教会によるユダヤ人の強制改宗に対する反省、ユダヤ人との和解・対話を進める動きから生まれてきたものです。しかし、強制改宗に対する反省の結論、ユダヤ人との和解の道は、ユダヤ人への伝道をやめることではなく、ユダヤ人への伝道の方法を変えることです。つまり、ユダヤ人がユダヤ人であることを止めることなくイエスを信じることができるようにすることです。二契約神学ではなく、ユダヤ人がユダヤ人としてユダヤ人のメシアを信じるメシアニック・ジューたちの信仰運動、今まさに世界のユダヤ人の間で起こっているメシアニック運動を応援することこそが、ユダヤ人との真の和解の道です。

(2009.12.9)

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