メシアニック運動は未完成

JMF日本メシアニック親交会

会長 横山 隆

ワントーラー論は、確かにアメリカでは大きな問題になっているが、アメリカの事情から来ている論争である。日本のクリスチャンである我々が、それを大きく取り上げて騒ぐべきではない。

UMJCは、ユダヤ人の民族的使命を非常に重視したものの言い方をして、トーラーはユダヤ人だけのものだということを強調するが、トーラーの恵みは全人類のためのものであり、決してユダヤ人が独占すべきものではない。また、UMJCは、トーラーを二つに分けて、異邦人にも適用される部分とユダヤ人だけに適用される部分があると言うが、そういう区分が単なる理論上のものであって不可能なことは、トーラーを実際に二つに分けようとしてみればすぐにわかる。異邦人用のトーラーと、ユダヤ人専用のトーラーがあるという「二つのトーラー」論は、実際にありえるだろうか。トーラーは一つしかないというワントーラー論には、問題点もあるかもしれないが、基本的には正統な考えだ。私たちJMFは、近年、ワントーラーの流れに属する教師を招いているが、特にティム・ヒッグ師(写真はJMF集会で語るティム・ヒッグ師)はトーラーを守る異邦人ビリーバーに対する護教論者であり、すべてのキリスト者が、ユダヤ人と同一のトーラーを守るべきである、などとは云っていないのである。またメシアニック運動自体は未完成の域を脱しておらず、今の時点でどれが正統だとかいうこと自体、意味が無い。まして、日本の他の教会にJMFの考えや礼拝スタイルを強要するつもりは全く無い。共に聖書の真理を学びたいと考えているのだ。

■ツートーラー論に対しての考察

ワントーラー論に対して存在すべきはツートーラー論であると推定してみよう。ユダヤ人にはモーセのトーラー(契約条項)があり、異邦人にはノアの契約条項としてのトーラー(使15)がある。ユダヤ人はノアのトーラーの傘下にもあるが基本的にはモーセ・トーラーのシナイ契約の傘下にある。そして異邦人は、モーセのトーラーを遵守する必要はない。以上がトーラーの一般的に解釈されている考え方である。しかしこの問題は、今始まったばかりの論争ではない。出エジプトの時には、大挙して異邦人も出エジプトし、シナイ・トーラーが与えられたその後も、このような論議が続けられたと考えられる。そして紀元後には、エルサレムで使徒会議がなされた時、再びユダヤ人と異邦人のトーラーを遵法に関する議題が取り上げられた。そして20世紀後半、新契約によって目覚めたユダヤ人たちの間に、現在ある議論が再燃したのである。日の下には何ら新しいものはないのである。しかも、今後も延々と、主が再臨されるまで続く可能性がある。もし二つの別のトーラーが、ユダヤ人と異邦人それぞれにあるとすると、ペンテコステの祭りのとき、天の神は二種類の聖霊を別々に送らなければならなかったので、大変お忙しかったことであろう。

■現在のメシアニック神学は未完成

メシアニック神学は、モーセの時代からの歴史に根ざしており、その意味でキリスト教神学と比べ一千数百年の長い歴史をもつ比類なく優れたものであると思うが、新契約に目覚めたメシアニック・ジューの神学体系が整備され始められてからの期間は半世紀もたってはいない。人間の年齢にたとえると、少年になったかならないかという尻の青みがぬけきっていない状態である。論拠の一つは、現在メシアニック・ジューの世界には、濃厚な油注ぎを受けた世界的な器がほとんどいないということだ。したがって、このようなワントーラー論に対して、さも物が分かったように批判することなど自分の青さを証明していることになる。私はというと、今生まれた赤ん坊なので、ひたすら生ける神の御言葉を飲みたいと願っている。

■今後の展望

今この議題が解明される為には、主イエス・キリストの福音書の言葉が最も重要であり、使徒たちの教えがその根本的基盤となることは明白であるが、今後成熟したトーラー・セオリーが確立される為には、プニューマートロジー(聖霊論)の角度からの洞察的釈義が不可欠となるであろう。すなわち、聖霊充満とペンテコステ的なカリスマテックな角度からの、活ける聖霊の水を飲む体験なしに、決して解読することはできないであろう。更に今後、50年後、或いは100年後(主の再臨がのばされた時)、おそらく、メシアニックの世界に大きなトランスフォーメーションが起こっており、地球的な規模で変貌を遂げているであろう。今アジアにノンジューイッシュ・トーラー・ムーブメント(ユダヤ人不在のメシアニック運動)が起こり、次第にその輪が広がりつつある(日本もその小さな流れの一つに位置している)。中国・香港・韓国・フィリピン・インドネシア・シンガポール・タイ・オセアニアの島々にいたるまで、これらの国々に、ユダヤ人はほとんどいない。ユダヤ人抜きのトーラームーブメント「チキン無しのチキンスープ」が美味しく飲みはじめられているという珍現象が、急速に芽生えつつある。日本において、メシアニック・アジア・オセアニア大会が開催されることも目前にある。世界は、日本の目覚めを熱望している。

■最後に

さて、最後にお勧めしたいことは、イスラエル全家の回復のために、心を熱く祈り続けると共に、毎年来日されるメシアニック・ジューの先生方を、盛大に異邦人クリスチャンとして経済的大盤振る舞いをして差し上げようではないか。彼らの集金旅行は実に大切なミッションなのだ。しかし、時々はきつづける怪気炎に驚いてはいけない。百獣の王ライオンのいななきだと思えばよい。私ども異邦人などは、彼ら主人の食卓から落ちるパン屑をいただく小犬であるから、敷居が高すぎて彼らの仲間などには到底入れてもらえないのだ。ここに鼻の穴についての耳寄りな話をお聞かせしよう。

 問い;ユダヤ人の鼻の穴は何故大きいのか?
 答え;空気はタダだから。
 問い;では、日本人の鼻は何故小さいのか?
 答え;空気はタダだから、遠慮しているのだ。

日本人よ、今目覚めよ!遠慮しないで、正々堂々とユダヤ人に与えられた至宝、トーラー(生けるキリスト御自身)を自分のものとせよ!但し、日本の歴史と文化を充分に咀嚼して、これを活かすのだ。ヘブライ語には“遠慮”という言葉はないそうですぞ。

レハイム!

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