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メシアニック・ジューについてのQ & A シオンの喜び作成
http://religiopoliticaltalk.blogspot.com/2008/04/oldest-messianic-jewish-symbol.html 1) メシアニック運動 (Messianic Movement)とは: (メシアニック運動全文:シオンとの架け橋製作「メシアニック・ハンドブック」から転記) 新約聖書が書かれた時代、信徒の大半はユダヤ人でした。彼らは、安息日を守り、旧約聖書の祭を祝っていました。しかし、その後の歴史の中で、信徒の大半は非ユダヤ人(諸国民)となり、4世紀頃になるとユダヤ人信徒は教会からほとんど姿を消してしまったのです。それにともない、形式的にも神学的にもユダヤ的な要素は徹底的に排除されました。 その後、キリスト教徒とユダヤ人は宿敵となり、ひどいユダヤ人迫害がヨーロッパを中心に何度も繰り返されました。聖地奪還を目的に行われた十字軍がユダヤ人を虐殺したことはよく知られた事実です。ドイツで起こった史上最悪と言われるユダヤ人虐殺(ホロコースト)も、ルターの反ユダヤ的な神学がその背景にあったと言われます。一方、ユダヤ人も反キリスト教的な神学を確立させ「決してイエス・キリストだけは信じない」という態度を固めました。 こうして「ユダヤ人はイエスを信じない。イエスを信じたらユダヤ人ではなくなる」というのが、キリスト教とユダヤ人双方の共通認識となってしまいました。 ところが、19世紀になってユダヤ人伝道を推進する運動がイギリスなどで始まりました。そして、多くの熱心な宣教師たちの努力によって、20世紀初頭までに数十万人という驚くべき数のユダヤ人たちがイエス・キリストを信じるようになりました。しかし、彼らは全てユダヤ人であることをやめて「諸国民クリスチャン」となってしまったため、現在、彼らの子孫は自分たちの先祖がユダヤ人であったことすら知らないという状態になってしまったのです。 日本人がイエス・キリストを信じても、日本人であり続けると考えるのが普通です。しかし「ユダヤ人がイエス・キリストを信じたら、なぜユダヤ人をやめなければならないのか」という問いから、メシアニック運動が始まりました。 初代教会の使徒たちはユダヤの祭や安息日などを守っていました。使徒言行録15章には「諸国民のままでイエス・キリストを信じることができるのか」という使徒たちの議論が記録されています。ところが、メシアニック運動は「ユダヤ人のままでイエス・キリストを信じることができるのか」という逆の問いを提起したのです。 この運動は、多くの疑問をクリスチャンに突きつけました。たとえば、イエスを信じたユダヤ人たちが過越の祭を祝うと、伝統的キリスト教から激しい反発が出ました。それは、キリスト教がユダヤ人信徒に過越の祭の遵守を禁止し、違反者を残虐な方法で死刑にして来たという過去があったからです。 しかし、旧約聖書に「永遠の定め」とされた過越の祭を、現代のユダヤ人信徒たちが祝った時、祭の中に十字架に関係する非常に深い霊的な意義があることを彼らは再発見しました。それを知ったクリスチャンたちの間からは「我々は重大なものを見失っていたのではないか」という声が出て来たのです。 メシアニック運動は、一人の強力な霊的指導者によって起こされたものではありません。同じような疑問を感じた多くの人々によって、各地で小さな流れが始まり、それが集まって一つの川の流れとなりました。そして今、全世界で数十万人、イスラエルでは約1万人のメシアニック・ジュー(イエスをメシヤと信じるユダヤ人)が現れています。彼らはキリスト教に神学的な挑戦をするために運動を始めたわけではありません。しかし、彼らの存在そのものが、キリスト教に「過去の清算」を要求していると言えるでしょう。 2) メシアニック・ジュー (Messianic Jew)という人々は、どういう人々なのか: メシアニック・ジューとは、ユダヤ人としてのアイデンティティーや、ユダヤの伝統文化を維持しつつ、イエス・キリスト(ヘブライ語でイエシュア・ハ・マシアハ)を救い主として信じるユダヤ人の事を指します。その他の言い方として、メシアニック・ビリーバー(Messianic Believer)(和訳:メシアニック信者)があります。 「メシアニック・ジュー」という単語が使われ出したのは比較的最近で、セオドア・ラッキイ(Theodore Luckey)という東ヨーロッパ系ユダヤ人信者がThe Messianic Jewという雑誌を発行したのは、19世紀から20世紀にかけてで(詳細な年不明)、本格的に使われ出したのは1970年代に入ってからです。 ユダヤ人信者の中で、既存の諸国民クリスチャン教会のメンバーとして、信仰を守っている人もおり、彼らはユダヤ的なアイデンティティーは維持していないので、「ヘブル・クリスチャン」と呼ばれて、「メシアニック・ジュー」とは区別されています。しかし、「Jewish Believers ユダヤ人信者」であることは変わりはありません。 注:日本では、「メシアニック・ジュー」と「ヘブル・クリスチャン」は区別せず、両方とも「メシアニック・ジュー」と呼ぶ傾向があります。 紀元1世紀にユダヤ人信者の共同体(原始キリスト教会)が生まれた時、信者の大半はユダヤ人で、彼らは「ナザレ派」や「その道の者」と呼ばれていました。(使徒9章)当時は「クリスチャン」という人々は存在せず、ユダヤ人信者はユダヤ教の一派と考えられていました。「クリスチャン」が登場するのは、紀元43〜44年頃で、アンテオケで教会がパウロらによって設立されて、それが成長した時にそこに集うギリシャ系の諸国民信者のことを「クリスチャン」と呼びました。 3) メシアニック・ジューは、どのような信仰生活を送っているのか: まず、ユダヤの伝統風習を守りながら信仰生活を送っている「メシアニック・ジュー」だが、基本は以下の通りです: メシアニック・ジュー独自の風習: a) 原則として安息日(土曜日)を守る(特にイスラエルでは、安息日が公の休日である)。 d) 主として歴史的な西欧キリスト教会による迫害の経緯を踏まえて、宣教的な配慮から、キリスト教会用語を使わず、独自の用語を使用する。例:「イエス」あるいは「ジーザズ」と言わず「イエシュア」と言う、「教会
Church」と言わず「コングリゲーション、シナゴーグ(会堂)」と言う。 注:ユダヤ成人式:男子12歳の成人式(バル・ミツバ)、女子13歳の成人式(バット・ミツバ) 従来のキリスト教会と共通するもの: a) イエスを救い主と信じ、この方以外には救いはないと信じている。 b) 旧約聖書と新約聖書両方とも神の霊感によって書かれたものであり、全体として神の完全な啓示であると信じている。 c) 神の三位一体性を信じている。(三位一体というギリシャ哲学由来の概念を使わずに、ユダヤ的なメシア論に基づいてキリストを論じることが多いが、結論的に正統的三位一体論と違いがあるわけではない。) d) 一般的に言えば、キリスト教会における「聖霊派」に近い信仰を実践するグループが比較的多数であるが、およそキリスト教会の中に見られる全ての教派的な信仰及び実践がメシアニック・ジューの中に認められる。 4) メシアニック・ジューは、キリスト教会用語をなぜ使わないのか: 「十字架」:キリストの十字架による贖いについて、メシアニック・ジューは決して軽視したり、無視したりしているのではありません。キリストが世の罪を取り除くために屠られた「神の小羊」であることは、恐らく世界中のクリスチャンの中で最もその意味の深さ、重さを理解しているのはメシアニック・ジューでしょう。 「十字架」という言葉をまったく使わない訳ではありません。イスラエル在住のアシェル・イントレーター師(リバイブ・イスラエル代表)は、「Cross(十字架)」という単語を使わないメッセージはない、と言っていいほど「十字架」を重要視し、ひんぱんにこの言葉を使っています。 ここで、メシアニック・ジュダイズムから一部抜粋します: 「我々は12世紀にイスラム・アラブの支配から聖地を解放した十字軍にも言及せねばならない。十字架は戦争遂行のシンボルとして用いられた。十字軍兵士らは、十字軍に参加することによって、地獄・煉獄からの免除を約束された。そして、聖地から異教徒を取り除くことを求めながら、ヨーロッパの地のただ中に異教徒ユダヤ人がいるのを放置することは矛盾である、との叫びが沸き起こった。こうして、十字軍兵士らは、十字架を高く掲げて、聖地に向かう途上に立ち寄ったヨーロッパ各地で、ユダヤ人の命を奪い、財産を略奪したのである。多くの者が生きたまま火刑に処せられ、拷問によって殺された。著書「ユダヤ人の苦悩」の中で、フラナリー (Fr. Flannery) は、他人のために自らのいのちを放棄することの象徴、そして(暴力ではなく)平和と積極的な愛の象徴として意図されたはずの十字架が、完全に冒涜されてしまったと、鋭く言明している。今や、十字架は、拷問、殺戮、そして略奪のために研ぎ澄まされた剣となってしまった。」(メシアニック・ジュダイズム第五章p256) 一般のユダヤ人にとって十字架は、自分たちを迫害し、殺し、財産を没収し、追放する恐ろしいシンボルであるため、メシアニック・ジューは同胞に伝道する際、十字架という言葉を使わず「過越」のために屠られた「神の小羊」として伝え、また、メシアニック・コングリゲーションには一切十字架を掲げず、ユダヤ人のシンボルである「メノラー(七枝の燭台)を使います。
クリスチャンは、教会が約1800年近く、ユダヤ人を上記のように迫害してきた歴史、ユダヤ人が負った深い心の傷に十分憂慮する必要があると思います。 「教会」:メシアニック・ジューの集会で、「教会(チャーチやチャペル)」という言葉を使う集会はありません。元々新約聖書でギリシャ語として当てられている言葉は「エクレシア(集会or会衆)」で、それが転じて「チャーチ」となりました。しかし、メシアニック・ジューは、「エクレシア」の英語訳である「コングリゲーション」あるいは、そのままユダヤ人が礼拝する場所を表す「シナゴーグ(ギリシャ語で、「集会の家」という意味)」を使います。ちなみに、ヘブライ語では「ケヒラー(会衆)」を使います。「チャーチ」には、諸国民的キリスト教(日曜日に礼拝し、ヨーロッパ的な礼拝形式を取る)のイメージが強いので、ユダヤ人の風習に則った集会の名として、「コングリゲーション(英語)」「シナゴーグ(ギリシャ語)」「ケヒラー(ヘブライ語で「会衆」)」が使われています。 「クリスチャン」:クリスチャンというのは、イエス・キリストを信じる人々を指し、本来ユダヤ信者であっても異邦人信者であっても「キリスト者」をギリシャ語で「クリスティアノス(christianos)」と呼びました。紀元43年頃、福音がアンテオケに伝わり、そこでギリシャ系の信者が集会を形勢し、人々が彼らの事を「キリスト者(クリスチャン)」と言うようになったという経緯があります。(使徒11章参照のこと)なお、ヘブライ語では、イエスがナザレ出身であったことから、イエスの信者は「ノツリーム(Notzrim)ナザレ人たち」と呼ばれていました。 参考文献: |
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