仮庵の祭り「スッコート」
聖書暦第7月、西洋暦9-10月頃


2005年エルサレムで筆者撮影
建物のベランダに仮庵が建てられています。

仮庵の祭りについて:

ティシュリの月(第7月)の1日の「ラッパを吹き鳴らす祭り」、10日の「大贖罪日」、そして、仮庵の祭りは14日の日没から7日間行われ、「秋の例祭」を締め括るお祭りです。7日間が「仮庵の祭り」で、8日目は「シムハット・トーラー(トーラー歓喜祭)」と呼ばれる祭りが付いています。

仮庵の祭りは過越の祭り同様、膨大な意味、歴史、しるし、預言的な意味が込められており、この祭りだけでも1冊の本となりえるものなので、ここでは概要のみ述べます。仮庵の祭りには、以下の特徴があります。

1) 家のベランダや屋上など、家と隣接させた簡易の「小屋」あるいは「テント」を立てて、7日間そこに住む。(敬虔なユダヤ教徒は実際7日間そのようにしますが、大半は仮庵の祭りの間、食事を取る時仮庵の中で過ごし、1日か2日間その仮庵の中で寝泊まりすることもあります。)

2) 仮庵は、壁にあたる三方だけ、板や布で覆い、天井は植物で葺く。通常、ナツメヤシ、シュロ、柳などの葉っぱで葺く。植物で葺いて、葉の間から空が見え、天の星が仰げるぐらいの少しのスキマを設けておく。(雨もりはするので、雨の日は家の中に待避する。)そして、仮庵を収穫物(木の実、果物)などで飾る。

3) 仮庵の祭りの初日と最終日は「安息日」となる。通常の金〜土の安息日とは別扱いとなる。基本的に仮庵の祭りの初日と最終日は「休日」となる。仕事をせず、通常の安息日のように主に礼拝する。(以下、「仮庵の祭りの過ごし方」を参照)

4) 仮庵の祭りは、イスラエル人が出エジプト後、40年間荒野でテント暮らしをしていたことを記念する祭りであり、人は肉体という「仮庵」に70〜90年間住むだけの存在であり、主の恵みなしには生きていくことはできないということを覚える一週間としてお祝いしている。

5) キリストが肉体「仮庵」を持って、人となって地を歩かれたことを示す。(ヨハネ1:14)メシアニック・ジューはそのように受け止めています。

6) 終わりの時、艱難の期間の後にキリストが統治される千年王国が来ますが、その時、全世界の人々が仮庵の祭りを祝うために、エルサレムに代表を送る。(ゼカリヤ14:16)つまり、この祭りは全世界の人々が最終的には祝うお祭りであることを示しています。


2005年エルサレムで筆者撮影
仮庵から エアコンの室外機が見えます。エアコン装備の仮庵です。
ここは正統派の人が住む地区なので、まじめに7日間仮庵に「住んで」いるものと思われます。

旧約聖書に述べられている仮庵の祭り:

(レビ記23:34-44)
「イスラエル人に告げて言え。この第七月の十五日には、七日間にわたる主の仮庵の祭りが始まる。
最初の日は聖なる会合であって、あなたがたは、労働の仕事はいっさいしてはならない。
七日間、あなたがたは火によるささげ物を主にささげなければならない。八日目も、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは火によるささげ物を主にささげる。これはきよめの集会で、労働の仕事はいっさいしてはならない。
以上が主の例祭である。あなたがたは聖なる会合を召集して、火によるささげ物、すなわち、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、和解のいけにえ、注ぎのささげ物を、それぞれ定められた日に、主にささげなければならない。
このほか、主の安息日、また、あなたがたが主にささげる献上物、あらゆる誓願のささげ物、進んでささげるあらゆるささげ物がある。
特に、あなたがたがその土地の収穫をし終わった第七月の十五日には、七日間にわたる主の祭りを祝わなければならない。最初の日は全き休みの日であり、八日目も全き休みの日である。
最初の日に、あなたがたは自分たちのために、美しい木の実、なつめやしの葉と茂り合った木の大枝、また川縁の柳を取り、七日間、あなたがたの神、主の前で喜ぶ。
年に七日間、主の祭りとしてこれを祝う。これはあなたがたが代々守るべき永遠のおきてとして、第七月にこれを祝わなければならない。
あなたがたは七日間、仮庵に住まなければならない。イスラエルで生まれた者はみな、仮庵に住まなければならない。
これは、わたしが、エジプトの国からイスラエル人を連れ出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの後の世代が知るためである。わたしはあなたがたの神、主である。」
こうしてモーセはイスラエル人に主の例祭について告げた。


2005年エルサレムで筆者撮影
西壁のすぐ前に立てられた巨大な仮庵。
大勢の人がコーヒーとか飲みながら、熱心に仮庵の中で祈っておられました。

(民数記29:12-40)
第七月の十五日には、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。どんな労役の仕事もしてはならない。あなたがたは七日間、主の祭りを祝いなさい。

あなたがたは、主へのなだめのかおりの火によるささげ物として、全焼のいけにえ、すなわち、若い雄牛十三頭、雄羊二頭、一歳の雄の子羊十四頭をささげなさい。これらは傷のないものでなければならない。

それにつく穀物のささげ物としては、油を混ぜた小麦粉を、雄牛十三頭のため、雄牛一頭につき十分の三エパ、雄羊二頭のため、雄羊一頭につき十分の二エパ、子羊十四頭のため、子羊一頭につき十分の一エパとする。

罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

二日目には、若い雄牛十二頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、 これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。
罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

三日目には、雄牛十一頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

四日目には、雄牛十頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

五日目には、雄牛九頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

六日目には、雄牛八頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、 これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

七日目には、雄牛七頭、雄羊二頭、一歳の傷のない雄の子羊十四頭、 これらの雄牛、雄羊、子羊のための、それぞれの数に応じて定められた穀物のささげ物と注ぎのささげ物とする。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

八日目にあなたがたはきよめの集会を開かなければならない。どんな労役の仕事もしてはならない。 あなたがたは、主へのなだめのかおりの火によるささげ物として、全焼のいけにえ、すなわち、雄牛一頭、雄羊一頭、一歳の傷のない雄の子羊七頭をささげなさい。 これらの雄牛、雄羊、子羊のための、穀物のささげ物と注ぎのささげ物とは、それぞれの数に応じて定められる。 罪のためのいけにえは雄やぎ一頭とする。これらは常供の全焼のいけにえと、その穀物のささげ物、および注ぎのささげ物以外のものである。

あなたがたは定められた時に、これらのものを主にささげなければならない。これらはあなたがたの誓願、または進んでささげるささげ物としての全焼のいけにえ、穀物のささげ物、注ぎのささげ物および和解のいけにえ以外のものである。」

モーセは、主がモーセに命じられたとおりを、イスラエル人に告げた。
(聖書引用以上)

上記の民数記29章に述べられている犠牲について、以下のような特徴があります。

 
若い雄牛
雄羊
1歳の傷のない雄の小羊
穀物の捧げ物
雄山羊
ラッパを吹き鳴らす祭り 1 1 7 1
大贖罪日 1 1 7 1
仮庵の祭り1日目 13 2 14 1
仮庵の祭り2日目 12 2 14 1
仮庵の祭り3日目 11 2 14 1
仮庵の祭り4日目 10 2 14 1
仮庵の祭り5日目 9 2 14 1
仮庵の祭り6日目 8 2 14 1
仮庵の祭り7日目 7 2 14 1
仮庵の祭り8日目 1 1 7 1

仮庵の祭りの7日間(第1日目〜7日目)に、若い雄牛を合計70頭全焼のいけにえとして捧げています。「70」という数字は、聖書では特別な数字の一つであり、「エジプトでヨセフに生まれた子らはふたりで、エジプトに行ったヤコブの家族はみなで七十人であった。」(出エジプト:46:27)や、「主は、モーセに仰せられた。「あなたとアロン、ナダブとアビフ、それにイスラエルの長老七十人は、主のところに上り、遠く離れて伏し拝め。」(出エジプト24:1)など、イスラエル(ヤコブ)の家族が合計70人、そこから「いと高き方が、国々に、相続地を持たせ、人の子らを、振り当てられたとき、イスラエルの子らの数にしたがって、国々の民の境を決められた。 」(申命記32:8) とあります。

つまり、実際の民族の数ではありませんが、象徴として「70」は全世界の民を表し、また、政治のトップは70人で治め、実際イスラエルのユダヤ教最高法院(サンヘドリン)は70人の長老が務めています。(イスラエルの国会議員はもっと多いですが。)

すなわち、イスラエルは仮庵の祭りの時、全世界の民を代表して、祭司として主に贖いのいけにえを捧げて執り成しているのです。(神殿時代に限ります。)

その他のいけにえの数については、調査をしておりませんので、ここでは記述致しません。


2005年エルサレムで筆者撮影
仮庵の内側。三方を囲う布は既製品で、仮庵の祭りの前なら買うことができるのでしょう。
その布には エルサレムの7つの門(左側)や、
7人のイスラエルの指導者(右側)のシンボルが描かれています。
「イスラエルの7人の牧者」と言われている指導者で、アブラハム、イサク、ヤコブ
モーセ、アロン、ヨセフ、ダビデの7名です。

バナナが吊ってあります。

さらに、旧約聖書には仮庵の記述が続きます。              

(申命記16:13-15)
あなたの打ち場とあなたの酒ぶねから、取り入れが済んだとき、七日間、仮庵の祭りをしなければならない。
この祭りのときには、あなたも、あなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みのうちにいるレビ人、在留異国人、みなしご、やもめも共に喜びなさい。
あなたの神、主のために、主が選ぶ場所で、七日間、祭りをしなければならない。あなたの神、主が、あなたのすべての収穫、あなたの手のすべてのわざを祝福されるからである。あなたは大いに喜びなさい。(聖書引用以上)

イスラエルの民は、荒野の40年間仮庵とも言えるテント住まいでしたが、約束の地に入ってエズラ、ネヘミヤの時代まで、「主の例祭」を定期的にしていたとは言えませんでした。

II歴代誌7:8-10に:
「ソロモンは、このとき、彼とともにいた全イスラエル、すなわち、レボ・ハマテからエジプト川に至るまでの大集団といっしょに、七日間の祭りを行なった。 彼らは第八日目にきよめの集会を開いた。七日間、祭壇の奉献を行ない、七日間、祭りを行なったからである。 第七の月の二十三日に、彼は民をおのおのの天幕に帰した。彼らは主がダビデと、ソロモンと、その民イスラエルに下さった恵みを喜び、心楽しく帰って行った。 」

とあり、ソロモン王が神殿完成のための奉献式を仮庵の祭りに行ったことがしるされています。また、

II歴代誌8:13に:
「すなわち、モーセの命令どおりに、毎日の日課により、これをささげ、安息日ごとに、新月の祭りごとに、年三回の例祭、すなわち、種を入れないパンの祭り、七週の祭り、仮庵の祭りごとに、これをささげた。」

とあり、ソロモン王は神殿を奉献した後、例祭は行っていましたが、以下このような記述があります。

(エズラ書3:4)
彼らは、書かれているとおりに仮庵の祭りを祝い、毎日の分として定められた数にしたがって、日々の全焼のいけにえをささげた。

(ネヘミヤ書8:14-17)
こうして彼らは、主がモーセを通して命じた律法に、イスラエル人は第七の月の祭りの間、仮庵の中に住まなければならない、と書かれているのを見つけ出した。
これを聞くと、彼らは、自分たちのすべての町々とエルサレムに、次のようなおふれを出した。「山へ出て行き、オリーブ、野生のオリーブの木、ミルトス、なつめやし、また、枝の茂った木などの枝を取って来て、書かれているとおりに仮庵を作りなさい。」
そこで、民は出て行って、それを持って帰り、それぞれ自分の家の屋根の上や、庭の中、または、神の宮の庭や、水の門の広場、エフライムの門の広場などに、自分たちのために仮庵を作った。
捕囚から帰って来た全集団は、仮庵を作り、その仮庵に住んだ。ヌンの子ヨシュアの時代から今日まで、イスラエル人はこのようにしていなかったので、それは非常に大きな喜びであった。

つまり、途中で主の例祭が途切れ、バビロン捕囚から帰ってきたイスラエル人たちが、神殿を建て直している中で律法の巻物を発見し、それに従って仮庵の祭りを行ったとあります。

新約聖書の中の仮庵の祭り:

ヨハネによる福音書は、「主の例祭」に関する記述が非常に多いのですが、仮庵の祭りに関しても7章をまるまる割いています。全部ここに載せると長いので、一部引用します。

(ヨハネ1:14)
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

「仮庵」という文字が日本語の聖書には出ていませんが、「住まわれた」という単語は、「仮庵となられた」という意味があり、キリストが肉体(仮庵)を伴って、人となって地上を歩かれたことを指しています。

(ヨハネ7: 2)
さて、仮庵の祭りというユダヤ人の祝いが近づいていた。

イエスは弟たちに「『あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。自分から公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行う者はありません。あなたがこれらの事を行うのなら、自分を世に現しなさい。』兄弟たちもイエスを信じていなかったのである。」(ヨハネ7:3-5)と、言われたので、イエスは弟たちに「祭りに上って行きなさい」と指示し、ご自分は内密に(エルサレムへ)上られました。

(ヨハネ7:14)
しかし、祭りもすでに中ごろになったとき、イエスは宮に上って教え始められた。

(ヨハネ7:28-30)
イエスは、宮で教えておられるとき、大声をあげて言われた。「あなたがたはわたしを知っており、また、わたしがどこから来たかも知っています。しかし、わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。あなたがたは、その方を知らないのです。
わたしはその方を知っています。なぜなら、わたしはその方から出たのであり、その方がわたしを遣わしたからです。」
そこで人々はイエスを捕えようとしたが、しかし、だれもイエスに手をかけた者はなかった。イエスの時が、まだ来ていなかったからである。

主はご自身が神から出られたことをここで証したため、それを「冒涜だ」と感じた人々が手を出そうとしましたが、「イエスの時」がまだ来ていないので、イエスは捕らえられませんでした。

(ヨハネ7:37-39)
さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。

仮庵の祭りの最終日、「シェミニ・アツレイ(第8日目の集会)」の日、キリストは有名な言葉を言われました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

これは非常に象徴的な言葉です。神殿があった時代、仮庵の祭りの間、毎朝「水を捧げる祭り」(ミスフ・ハ・マイーム「水を注ぎ出す」)を行っていました。人々は神殿の麓にある「シロアムの池」から水を汲み、たいまつを掲げ、手に楽器を持って賛美と踊りをしながら水を神殿まで運び上げて捧げたのです。

「あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。」(イザヤ12:3)

有名な「マイム・マイム」の歌ですが、キリストはこの毎朝の「水を捧げる祭り」と、「生ける水の川」とを重ね合わせて、真の生ける水は、後に与えられる聖霊であることを証されたのです。

この毎朝の水を捧げる祭りについては、大変な歓喜が伴ったようで、ユダヤ教の口伝律法の一つであるミシュナーにも「水を汲み出すこの祭りを見ていない者は、人生の喜びを知らない者である。」と述べているほどです。この仮庵の祭りの中で行われる行事は別名「シムハット・ベイト・ハ・ショエイヴァー」(水を汲み出す場所での喜び)とも言われています。
(Wikipedia "Simchat Beit HaShoeivah"より引用)

スッコート(仮小屋、または仮庵)「メシアニック・ジュダイズム」から引用:

ヨム・キプールの直後、仮庵の祭りが始まる。それは、イスラエルの男がエルサレムに旅する三大祭りのうちの三番目である。この祭りは八日間の祭りで、その間、イスラエルの民は仮小屋に住み、荒野でさまよった時のことを思い起こすのである。その時旅している間、持ち物は少なく、定住することもなく、食べ物を自然から得ることもなかった。神が超自然的に人々に必要な食べ物を与え、服と住処を与えた。彼らがほとんど何も持たなかった時、神が与えたのである! 小屋に住むことは神の恩寵を強く思い起こさせる。イスラエルが小屋に住む時、彼らが思い出すのは、彼らの人生がまったく神に依存しているということである。たとえ通常彼らが家を持ち、土地があり、他の富を持っていたとしても。そうでなければ、イスラエルは、その力や富が自己義認や自己の力の産物であると考えるのである(申命8-10章)。イスラエルはまず神を、神だけを最初に愛し、信頼するように命じられている。この八日間の仮庵の祝祭は、これらの真実をはっきりと思い起こさせるのである。

仮庵の祭りはまた、イスラエルの最後の主な収穫時期を祝う時でもある。これは、すばらしい感謝祭だったのである。伝統の一部として、この祭りではハレル詩篇113-118章を朗唱し、果物<エトログ:レモンを一回り大きくした柑橘類>と、なつめやしの葉と、柳(ルラヴ)を神の前で揺り動かすのである(レビ23章)。


左のレモンのようなもの「エトログ」
http://www.alljudaica.com/Etrog-Lulav-Set-for-Sukkot-p/2589-p.htm参照
右の「ルラヴ」:なつめやしの葉(ヘブライ語:ルラヴ)、柳((ヘブライ語:アラヴァー)、
銀梅花(別名ミルトス又はマートル)((ヘブライ語:ハダス)を束ねたもの。

これら4つの植物には以下の解釈がある:
なつめやしの葉(ルラヴ):味があるが香りがない−トーラーを学ぶが良い行いがない人
銀梅花(ハダス):香りがあるが味がない−良い行いをするがトーラーを学ばない人
柳(アラヴァー):味も香りもない−トーラーの学びも良い行いもない人
エトログ:味も香りもある−トーラーを学び、良い行いもある人

別の解釈では:
なつめやしの葉(ルラヴ):脊髄
銀梅花(ハダス):目
柳(アラヴァー):口
エトログ:心
以上、Wikipedia "Four Species"より引用

もてなしは、仮庵の祭りを守り行う中で必須のものである。神からの賜物を感謝するから、我々は他の人と分けあうのである。最初と八日目の祝祭では、皆が集まって賛美を捧げる。

仮庵の祭りはまた、十分にメシア的意味を持つ祭りである。ヨハネ7-9章のイェシュアの教えは、仮庵の祭りの内容で理解すると、よく分かるのである。仮庵の祭りの最終日、イエスが言われたことは、「だれでもかわいているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける川が流れ出るようになる。これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである」(ヨハネ7章37-39節)。

タルムードに説明されている仮庵祭によると、その時、水を汲み溢れ出させる大いなる儀式が行われたということである。

神殿時代、この喜びに満ちた祝祭は、「喜びの水を汲みに行く」という手順になった時に、最高潮に達した。それは仮庵祭の二日目の夜に始まり、六日間続いた。毎朝きよめるための水が捧げられた。それは、シロアムの池から黄金の水差しで汲まれ、大いなる華麗な式典の中で、祭壇の西側に置かれた穴の開いた銀の皿に注がれ、人々が祈った。これは十分な雨を象徴するものであった。祝いの大かがり火が灯され、敬虔な男たちが踊り、たいまつを持ち聖歌を歌い、ハープ、竪琴、シンバル、そしてトランペットを演奏するレビ人が伴った。(タルムード:スコットの章)

祭りの最後の時、神殿の女性の中庭では、大いなる燭台が灯される儀式が執り行われた。神殿は信じられないほどの明るさに輝いたのである。これが、おそらくイェシュアの言われた内容であった。「私は世界の光である」(ヨハネ8章12節)。

マタイ6章はまた、仮庵の祭りの時期を思い起すのにすばらしい章である。それは、神のご性格である父親のような守りを、崇高に我々に物語るものである。

メシアニック・ジューは、どうすれば仮庵祭を有意義に祝えるだろうか。さまざまな、独創的な方法があるだろう。第一に、どの祭りにも通じる原則により、神殿犠牲の側面はすべてイェシュアの犠牲に取って代わられている。さらに、仮庵祭の最初と最後の日は共同体が皆集まり、神に感謝し、感謝のしるしとして果物や植物の枝を振り、詩篇113-118章のハレルを読み、伝統的なものと現代風のものを使って、工夫された賛美を捧げる。夜には特別な集会を開き、そこで食事を共にし、前述した聖書の箇所を読む。

我々の一つのジレンマとして、聖書に規定されている仮小屋に住むという問題がある。イスラエルのように暖かな気候であれば、仮小屋に住むのは実際に可能であり、すばらしい条項である。しかし、ディアスポラ(離散)の地の一部の気候では困難である。これに気付いたラビたちは、仮小屋を建てることだけを慣例と定め、そして最低限そこで食事を取るようにと決めた。

メシアニック・ジューの慣習を見ると、そこにはこの祭りの意味を、喜ばしい方法によって伝達することが重要だと気が付く。自分の土地に住み、家々や安全を持っている民に対しては、仮小屋の中に住むことが命じられている。ディアスポラでは(祭りを行うについて)、多くの自由が与えられている。気候が許すならば、家族が仮小屋に住むことを奨め、そしてそこで食事を取る事を奨める。仮小屋を飾るのは子供にとって大きな喜びとなる。これはお祭り気分を盛り上げる。あるメシアニック・ジューたちは、仮庵祭の間キャンプに出かけ、そこで神の恵みの必要性を強く感じつつ、神が雨と太陽光を与え、その土地の産物を通して、神が必要なものをお与えになることを経験する。八日間の祭りで、最初と最後の日は特別な休息の日であり、共同体が集まり賛美の祝祭が行われる。伝統的に、この時期はメシアによる王国を待ち望む時である。神はいつの日か全地において、全てを与えたもうお方として知られるようになる。それゆえゼカリヤ14章にあるように、この祭りは全世界が祝うようになるのだ。すべての民族はエルサレムに代表者を送り、この祭りをイスラエルで行うようになる、というのである。


2008年京都グローリーチャーチで行われた仮庵の祭りの時筆者撮影
祭りの時はふんだんに果物、収穫物、花々で飾ります

シムハット・トーラー(トーラー感謝祭)

たった今仮庵祭について説明したところなので、シムハット・トーラーについて説明するにはちょうど良い。シムハット・トーラーは聖書に書かれている祭りではない。これは仮庵祭の直後にあり、年間のトーラー読誦サイクルが完了し、最初から新しく始めることを祝うものである。この日はただ、トーラーの長い巻き物を、最後から最初へ延々と巻き戻す退屈な作業を行うところだったのだが、ユダヤ人たちはこの日を大いなる喜ばしい祭りにすることを創案した。考えても見れば、聖書を最後まで読み切って、そして、再び最初からまた読む機会を得るとは、大いなる喜び以外の何ものであろうか!

この祝祭ではトーラーを持って、歌ったり踊ったりする。一部の敬虔派(ハシディズム)の正統派ユダヤ教徒たちは、この祭りで最高に喜びを高ぶらせ、エネルギーを発散させる。メシアニック・ジューにとってこの祭日は、さらに大きな喜びの元となる―メシアにあって、我々は義と認められ、神の御霊によって、神御自身のトーラーを、私たちの心に書いて下さったのだから。
(引用以上)


仮庵の祭りの時祈りを捧げる人々
http://www.jerusalemperspective.com/default.aspx?tabid=51&photoid=78から引用

仮庵の祭りの祝い方:

仮庵の祭りは第7月の15日から8日間行われます。人々は自分の家のベランダや屋上に仮庵を組み立て、飾り立てます。そして、15日になる日没に、安息日や他の祝祭日で行われる夕食を家族で取ります。食事は祭りの間中、基本的に仮庵の中で取ります。

祭りの間、毎朝人々は「ルラヴ」、すなわちなつめやしの葉(ヘブライ語:ルラヴ)、柳(ヘブライ語:アラヴァー)、
銀梅花(別名ミルトス又はマートル)(ヘブライ語:ハダス)を束ねたものを持ってシナゴーグに行きます。そして、毎日シナゴーグで礼拝が行われます。そして、ルラブの束を持って、シナゴーグの礼拝堂の中をぐるっと一周します。(毎日するそうです)

祭りの7日目は「ホシャナ・ラバー」(大いなる嘆願)と言って、その時シナゴーグの礼拝堂の中をぐるっと7周します。指導者はやしの葉やしゅろの葉を持ちます。そして「主よ。私は手を洗ってきよくし、あなたの祭壇の回りを歩きましょう。 」(詩篇26:6)を祈りながら回ります。これは来年の収穫の恵みを喜ぶと共に、7回回るのは、「イスラエルの7人の牧者」たるアブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、アロン、ヨセフ、ダビデの7名を讃えるためです。

ホシャナ・ラバーの礼拝の最後に、5つの柳の枝を床にたたきつけます。これは、罪を消すことを表しています。ただ、この風習はメシアニック・ジューのシナゴーグやコングリゲーションではあまり見かけないものです。

祭りの間、ホシャナ詩篇と呼ばれる詩篇118章がよく朗読されます。一部引用します。

(詩篇118: 1-4)
主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。 (有名な賛美となっている個所です)
さあ。イスラエルよ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。
さあ。アロンの家よ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。
さあ。主を恐れる者たちよ、言え。「主の恵みはとこしえまで。」と。

(詩篇118:22-27)
家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。
これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである。
これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。
ああ、主よ。どうぞ救ってください。ああ、主よ。どうぞ栄えさせてください。
主の御名によって来る人に、祝福があるように。私たちは主の家から、あなたがたを祝福した。
主は神であられ、私たちに光を与えられた。枝をもって、祭りの行列を組め。祭壇の角のところまで。

「主の御名によって来る人に、祝福があるように。」も有名な賛美となっている個所で、主イエスの再臨時にお迎えする際に叫ばれる言葉です。

祭りの第8日目は「シムハット・トーラー」と言って、トーラー(律法の書)歓喜祭と呼ばれています。この日、人々はトーラーの巻物を持ち出して、皆で精一杯踊ります。


2005年エルサレムで筆者撮影
西壁の前で、中央にトーラーの巻物を持った人を囲んで、正統派の男性が肩を組んで
歌いながら踊っています

そして、この日、安息日ごとに年間を通して読まれてきたトーラーの巻物の最後の部分、申命記34:12まで読み切ると、巻物を一番最初に巻き戻す作業をします。翌週の安息日に、創世記1:1が朗読されるのです。

終わりの時と仮庵の祭り:

(ゼカリヤ14:16-17)
エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。
地上の諸氏族のうち、万軍の主である王を礼拝しにエルサレムへ上って来ない氏族の上には、雨が降らない。

(黙示録21:3-7)
そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」
すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」また言われた。「書きしるせ。これらのことばは、信ずべきものであり、真実である。」
また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。
勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

このように、終わりの時、大艱難時代を生き抜いた人々は、主である王、キリストを礼拝するため、仮庵の祭りを祝うために毎年エルサレムに代表団を送るのです。そして、地上には平和が訪れ、誰も互いに争わなくなるという至福の時代を迎えるのです。

このように、仮庵の祭りは、全世界の人々が心から望む、究極の平和への希望が込められているのです。

仮庵の祭りが、春の過越の祭りから始まる一連の主の例祭の締めくくりとなります。秋の3つの例祭の頃、イスラエルでは秋の雨が降ります。仮庵の祭りが終わると、イスラエルは秋から冬へ移行し、放牧の季節が終わります。12月頃は寒くて、エルサレムでも雪が降ることがあるようです。

参考文献
聖書 新改訳
シオンの喜びHP「主の例祭」よりhttp://joyofzion.web.fc2.com/feasts/feastindex.htm
京都グローリーチャーチ「過越の祭り」よりhttp://www4.ocn.ne.jp/~uzumasa/top.html
メシアニック・ジュダイズム ダン・ジャスター著(マルコーシュ・パブリケーション)
Wikipedia "Sukkot", "Shemini Azeret", "Hoshana Rabbah", "Simchat Beit HaShoeivah", "The Four Species"

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