| 仮庵の祭り「スッコート」
仮庵の祭りについて: ティシュリの月(第7月)の1日の「ラッパを吹き鳴らす祭り」、10日の「大贖罪日」、そして、仮庵の祭りは14日の日没から7日間行われ、「秋の例祭」を締め括るお祭りです。7日間が「仮庵の祭り」で、8日目は「シムハット・トーラー(トーラー歓喜祭)」と呼ばれる祭りが付いています。 仮庵の祭りは過越の祭り同様、膨大な意味、歴史、しるし、預言的な意味が込められており、この祭りだけでも1冊の本となりえるものなので、ここでは概要のみ述べます。仮庵の祭りには、以下の特徴があります。 1) 家のベランダや屋上など、家と隣接させた簡易の「小屋」あるいは「テント」を立てて、7日間そこに住む。(敬虔なユダヤ教徒は実際7日間そのようにしますが、大半は仮庵の祭りの間、食事を取る時仮庵の中で過ごし、1日か2日間その仮庵の中で寝泊まりすることもあります。) 2) 仮庵は、壁にあたる三方だけ、板や布で覆い、天井は植物で葺く。通常、ナツメヤシ、シュロ、柳などの葉っぱで葺く。植物で葺いて、葉の間から空が見え、天の星が仰げるぐらいの少しのスキマを設けておく。(雨もりはするので、雨の日は家の中に待避する。)そして、仮庵を収穫物(木の実、果物)などで飾る。 3) 仮庵の祭りの初日と最終日は「安息日」となる。通常の金〜土の安息日とは別扱いとなる。基本的に仮庵の祭りの初日と最終日は「休日」となる。仕事をせず、通常の安息日のように主に礼拝する。(以下、「仮庵の祭りの過ごし方」を参照) 4) 仮庵の祭りは、イスラエル人が出エジプト後、40年間荒野でテント暮らしをしていたことを記念する祭りであり、人は肉体という「仮庵」に70〜90年間住むだけの存在であり、主の恵みなしには生きていくことはできないということを覚える一週間としてお祝いしている。 5) キリストが肉体「仮庵」を持って、人となって地を歩かれたことを示す。(ヨハネ1:14)メシアニック・ジューはそのように受け止めています。 6) 終わりの時、艱難の期間の後にキリストが統治される千年王国が来ますが、その時、全世界の人々が仮庵の祭りを祝うために、エルサレムに代表を送る。(ゼカリヤ14:16)つまり、この祭りは全世界の人々が最終的には祝うお祭りであることを示しています。
旧約聖書に述べられている仮庵の祭り: (レビ記23:34-44)
(民数記29:12-40) 上記の民数記29章に述べられている犠牲について、以下のような特徴があります。
仮庵の祭りの7日間(第1日目〜7日目)に、若い雄牛を合計70頭全焼のいけにえとして捧げています。「70」という数字は、聖書では特別な数字の一つであり、「エジプトでヨセフに生まれた子らはふたりで、エジプトに行ったヤコブの家族はみなで七十人であった。」(出エジプト:46:27)や、「主は、モーセに仰せられた。「あなたとアロン、ナダブとアビフ、それにイスラエルの長老七十人は、主のところに上り、遠く離れて伏し拝め。」(出エジプト24:1)など、イスラエル(ヤコブ)の家族が合計70人、そこから「いと高き方が、国々に、相続地を持たせ、人の子らを、振り当てられたとき、イスラエルの子らの数にしたがって、国々の民の境を決められた。 」(申命記32:8) とあります。 つまり、実際の民族の数ではありませんが、象徴として「70」は全世界の民を表し、また、政治のトップは70人で治め、実際イスラエルのユダヤ教最高法院(サンヘドリン)は70人の長老が務めています。(イスラエルの国会議員はもっと多いですが。) すなわち、イスラエルは仮庵の祭りの時、全世界の民を代表して、祭司として主に贖いのいけにえを捧げて執り成しているのです。(神殿時代に限ります。) その他のいけにえの数については、調査をしておりませんので、ここでは記述致しません。
さらに、旧約聖書には仮庵の記述が続きます。 (申命記16:13-15) イスラエルの民は、荒野の40年間仮庵とも言えるテント住まいでしたが、約束の地に入ってエズラ、ネヘミヤの時代まで、「主の例祭」を定期的にしていたとは言えませんでした。 II歴代誌7:8-10に: とあり、ソロモン王が神殿完成のための奉献式を仮庵の祭りに行ったことがしるされています。また、 II歴代誌8:13に: (エズラ書3:4) (ネヘミヤ書8:14-17) つまり、途中で主の例祭が途切れ、バビロン捕囚から帰ってきたイスラエル人たちが、神殿を建て直している中で律法の巻物を発見し、それに従って仮庵の祭りを行ったとあります。 新約聖書の中の仮庵の祭り: ヨハネによる福音書は、「主の例祭」に関する記述が非常に多いのですが、仮庵の祭りに関しても7章をまるまる割いています。全部ここに載せると長いので、一部引用します。 (ヨハネ1:14) 「仮庵」という文字が日本語の聖書には出ていませんが、「住まわれた」という単語は、「仮庵となられた」という意味があり、キリストが肉体(仮庵)を伴って、人となって地上を歩かれたことを指しています。 (ヨハネ7: 2) イエスは弟たちに「『あなたの弟子たちもあなたがしているわざを見ることができるように、ここを去ってユダヤに行きなさい。自分から公の場に出たいと思いながら、隠れた所で事を行う者はありません。あなたがこれらの事を行うのなら、自分を世に現しなさい。』兄弟たちもイエスを信じていなかったのである。」(ヨハネ7:3-5)と、言われたので、イエスは弟たちに「祭りに上って行きなさい」と指示し、ご自分は内密に(エルサレムへ)上られました。 (ヨハネ7:14) (ヨハネ7:28-30) 主はご自身が神から出られたことをここで証したため、それを「冒涜だ」と感じた人々が手を出そうとしましたが、「イエスの時」がまだ来ていないので、イエスは捕らえられませんでした。 (ヨハネ7:37-39) 仮庵の祭りの最終日、「シェミニ・アツレイ(第8日目の集会)」の日、キリストは有名な言葉を言われました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 これは非常に象徴的な言葉です。神殿があった時代、仮庵の祭りの間、毎朝「水を捧げる祭り」(ミスフ・ハ・マイーム「水を注ぎ出す」)を行っていました。人々は神殿の麓にある「シロアムの池」から水を汲み、たいまつを掲げ、手に楽器を持って賛美と踊りをしながら水を神殿まで運び上げて捧げたのです。 「あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。」(イザヤ12:3) 有名な「マイム・マイム」の歌ですが、キリストはこの毎朝の「水を捧げる祭り」と、「生ける水の川」とを重ね合わせて、真の生ける水は、後に与えられる聖霊であることを証されたのです。 この毎朝の水を捧げる祭りについては、大変な歓喜が伴ったようで、ユダヤ教の口伝律法の一つであるミシュナーにも「水を汲み出すこの祭りを見ていない者は、人生の喜びを知らない者である。」と述べているほどです。この仮庵の祭りの中で行われる行事は別名「シムハット・ベイト・ハ・ショエイヴァー」(水を汲み出す場所での喜び)とも言われています。 スッコート(仮小屋、または仮庵)「メシアニック・ジュダイズム」から引用: ヨム・キプールの直後、仮庵の祭りが始まる。それは、イスラエルの男がエルサレムに旅する三大祭りのうちの三番目である。この祭りは八日間の祭りで、その間、イスラエルの民は仮小屋に住み、荒野でさまよった時のことを思い起こすのである。その時旅している間、持ち物は少なく、定住することもなく、食べ物を自然から得ることもなかった。神が超自然的に人々に必要な食べ物を与え、服と住処を与えた。彼らがほとんど何も持たなかった時、神が与えたのである! 小屋に住むことは神の恩寵を強く思い起こさせる。イスラエルが小屋に住む時、彼らが思い出すのは、彼らの人生がまったく神に依存しているということである。たとえ通常彼らが家を持ち、土地があり、他の富を持っていたとしても。そうでなければ、イスラエルは、その力や富が自己義認や自己の力の産物であると考えるのである(申命8-10章)。イスラエルはまず神を、神だけを最初に愛し、信頼するように命じられている。この八日間の仮庵の祝祭は、これらの真実をはっきりと思い起こさせるのである。 仮庵の祭りはまた、イスラエルの最後の主な収穫時期を祝う時でもある。これは、すばらしい感謝祭だったのである。伝統の一部として、この祭りではハレル詩篇113-118章を朗唱し、果物<エトログ:レモンを一回り大きくした柑橘類>と、なつめやしの葉と、柳(ルラヴ)を神の前で揺り動かすのである(レビ23章)。
これら4つの植物には以下の解釈がある: 別の解釈では: もてなしは、仮庵の祭りを守り行う中で必須のものである。神からの賜物を感謝するから、我々は他の人と分けあうのである。最初と八日目の祝祭では、皆が集まって賛美を捧げる。 仮庵の祭りはまた、十分にメシア的意味を持つ祭りである。ヨハネ7-9章のイェシュアの教えは、仮庵の祭りの内容で理解すると、よく分かるのである。仮庵の祭りの最終日、イエスが言われたことは、「だれでもかわいているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける川が流れ出るようになる。これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである」(ヨハネ7章37-39節)。 タルムードに説明されている仮庵祭によると、その時、水を汲み溢れ出させる大いなる儀式が行われたということである。 神殿時代、この喜びに満ちた祝祭は、「喜びの水を汲みに行く」という手順になった時に、最高潮に達した。それは仮庵祭の二日目の夜に始まり、六日間続いた。毎朝きよめるための水が捧げられた。それは、シロアムの池から黄金の水差しで汲まれ、大いなる華麗な式典の中で、祭壇の西側に置かれた穴の開いた銀の皿に注がれ、人々が祈った。これは十分な雨を象徴するものであった。祝いの大かがり火が灯され、敬虔な男たちが踊り、たいまつを持ち聖歌を歌い、ハープ、竪琴、シンバル、そしてトランペットを演奏するレビ人が伴った。(タルムード:スコットの章) 祭りの最後の時、神殿の女性の中庭では、大いなる燭台が灯される儀式が執り行われた。神殿は信じられないほどの明るさに輝いたのである。これが、おそらくイェシュアの言われた内容であった。「私は世界の光である」(ヨハネ8章12節)。 マタイ6章はまた、仮庵の祭りの時期を思い起すのにすばらしい章である。それは、神のご性格である父親のような守りを、崇高に我々に物語るものである。 メシアニック・ジューは、どうすれば仮庵祭を有意義に祝えるだろうか。さまざまな、独創的な方法があるだろう。第一に、どの祭りにも通じる原則により、神殿犠牲の側面はすべてイェシュアの犠牲に取って代わられている。さらに、仮庵祭の最初と最後の日は共同体が皆集まり、神に感謝し、感謝のしるしとして果物や植物の枝を振り、詩篇113-118章のハレルを読み、伝統的なものと現代風のものを使って、工夫された賛美を捧げる。夜には特別な集会を開き、そこで食事を共にし、前述した聖書の箇所を読む。 我々の一つのジレンマとして、聖書に規定されている仮小屋に住むという問題がある。イスラエルのように暖かな気候であれば、仮小屋に住むのは実際に可能であり、すばらしい条項である。しかし、ディアスポラ(離散)の地の一部の気候では困難である。これに気付いたラビたちは、仮小屋を建てることだけを慣例と定め、そして最低限そこで食事を取るようにと決めた。 メシアニック・ジューの慣習を見ると、そこにはこの祭りの意味を、喜ばしい方法によって伝達することが重要だと気が付く。自分の土地に住み、家々や安全を持っている民に対しては、仮小屋の中に住むことが命じられている。ディアスポラでは(祭りを行うについて)、多くの自由が与えられている。気候が許すならば、家族が仮小屋に住むことを奨め、そしてそこで食事を取る事を奨める。仮小屋を飾るのは子供にとって大きな喜びとなる。これはお祭り気分を盛り上げる。あるメシアニック・ジューたちは、仮庵祭の間キャンプに出かけ、そこで神の恵みの必要性を強く感じつつ、神が雨と太陽光を与え、その土地の産物を通して、神が必要なものをお与えになることを経験する。八日間の祭りで、最初と最後の日は特別な休息の日であり、共同体が集まり賛美の祝祭が行われる。伝統的に、この時期はメシアによる王国を待ち望む時である。神はいつの日か全地において、全てを与えたもうお方として知られるようになる。それゆえゼカリヤ14章にあるように、この祭りは全世界が祝うようになるのだ。すべての民族はエルサレムに代表者を送り、この祭りをイスラエルで行うようになる、というのである。
シムハット・トーラー(トーラー感謝祭) たった今仮庵祭について説明したところなので、シムハット・トーラーについて説明するにはちょうど良い。シムハット・トーラーは聖書に書かれている祭りではない。これは仮庵祭の直後にあり、年間のトーラー読誦サイクルが完了し、最初から新しく始めることを祝うものである。この日はただ、トーラーの長い巻き物を、最後から最初へ延々と巻き戻す退屈な作業を行うところだったのだが、ユダヤ人たちはこの日を大いなる喜ばしい祭りにすることを創案した。考えても見れば、聖書を最後まで読み切って、そして、再び最初からまた読む機会を得るとは、大いなる喜び以外の何ものであろうか! この祝祭ではトーラーを持って、歌ったり踊ったりする。一部の敬虔派(ハシディズム)の正統派ユダヤ教徒たちは、この祭りで最高に喜びを高ぶらせ、エネルギーを発散させる。メシアニック・ジューにとってこの祭日は、さらに大きな喜びの元となる―メシアにあって、我々は義と認められ、神の御霊によって、神御自身のトーラーを、私たちの心に書いて下さったのだから。
仮庵の祭りの祝い方: 仮庵の祭りは第7月の15日から8日間行われます。人々は自分の家のベランダや屋上に仮庵を組み立て、飾り立てます。そして、15日になる日没に、安息日や他の祝祭日で行われる夕食を家族で取ります。食事は祭りの間中、基本的に仮庵の中で取ります。 祭りの間、毎朝人々は「ルラヴ」、すなわちなつめやしの葉(ヘブライ語:ルラヴ)、柳(ヘブライ語:アラヴァー)、 祭りの7日目は「ホシャナ・ラバー」(大いなる嘆願)と言って、その時シナゴーグの礼拝堂の中をぐるっと7周します。指導者はやしの葉やしゅろの葉を持ちます。そして「主よ。私は手を洗ってきよくし、あなたの祭壇の回りを歩きましょう。 」(詩篇26:6)を祈りながら回ります。これは来年の収穫の恵みを喜ぶと共に、7回回るのは、「イスラエルの7人の牧者」たるアブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、アロン、ヨセフ、ダビデの7名を讃えるためです。 ホシャナ・ラバーの礼拝の最後に、5つの柳の枝を床にたたきつけます。これは、罪を消すことを表しています。ただ、この風習はメシアニック・ジューのシナゴーグやコングリゲーションではあまり見かけないものです。 祭りの間、ホシャナ詩篇と呼ばれる詩篇118章がよく朗読されます。一部引用します。 (詩篇118: 1-4) (詩篇118:22-27) 「主の御名によって来る人に、祝福があるように。」も有名な賛美となっている個所で、主イエスの再臨時にお迎えする際に叫ばれる言葉です。 祭りの第8日目は「シムハット・トーラー」と言って、トーラー(律法の書)歓喜祭と呼ばれています。この日、人々はトーラーの巻物を持ち出して、皆で精一杯踊ります。
そして、この日、安息日ごとに年間を通して読まれてきたトーラーの巻物の最後の部分、申命記34:12まで読み切ると、巻物を一番最初に巻き戻す作業をします。翌週の安息日に、創世記1:1が朗読されるのです。 終わりの時と仮庵の祭り: (ゼカリヤ14:16-17) (黙示録21:3-7) このように、終わりの時、大艱難時代を生き抜いた人々は、主である王、キリストを礼拝するため、仮庵の祭りを祝うために毎年エルサレムに代表団を送るのです。そして、地上には平和が訪れ、誰も互いに争わなくなるという至福の時代を迎えるのです。 このように、仮庵の祭りは、全世界の人々が心から望む、究極の平和への希望が込められているのです。 仮庵の祭りが、春の過越の祭りから始まる一連の主の例祭の締めくくりとなります。秋の3つの例祭の頃、イスラエルでは秋の雨が降ります。仮庵の祭りが終わると、イスラエルは秋から冬へ移行し、放牧の季節が終わります。12月頃は寒くて、エルサレムでも雪が降ることがあるようです。 参考文献 |
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