初穂の祭り「ヨム・ハ・ビクリーム」
聖書暦第1月、西洋暦3〜4月頃



実る大麦
大麦は、イスラエルにおいて、3〜4月の「過越の祭り」の頃から最初の収穫が始まり、
6月の「七週の祭り」の頃に、その年の収穫が終わります。

「初穂」は、聖書の中でも重要な意味を持つ:

初穂の祭り「ヨム・ハ・ビクリーム」の「ビクリーム」の原語は「ベコール」と言って、「長子あるいは初子」という意味で、「長子あるいは初子」はすべて神のものであると聖書には書かれています。

(創世記4: 4) また、アベルは彼の羊の初子の中から、それも最良のものを、それも自分自身で、持って来た。主は、アベルとそのささげ物とに目を留められた。

(出エジプト4:22)そのとき、あなたはパロに言わなければならない。主はこう仰せられる。『イスラエルはわたしの子、わたしの初子である。

(出エジプト13: 2) 「イスラエル人の間で、最初に生まれる初子はすべて、人であれ家畜であれ、わたしのために聖別せよ。それはわたしのものである。」

(出エジプト13:12〜13) すべて最初に生まれる者を、主のものとしてささげなさい。あなたの家畜から生まれる初子もみな、雄は主のものである。 ただし、ろばの初子はみな、羊で贖わなければならない。もし贖わないなら、その首を折らなければならない。あなたの子どもたちのうち、男の初子はみな、贖わなければならない。

(出エジプト22:29) あなたの豊かな産物と、あふれる酒とのささげ物を、遅らせてはならない。あなたの息子のうち初子は、わたしにささげなければならない。

(出エジプト23:16) また、あなたが畑に種を蒔いて得た勤労の初穂の刈り入れの祭りと、年の終わりにはあなたの勤労の実を畑から取り入れる収穫祭を行なわなければならない。

(出エジプト23:19) あなたの土地の初穂の最上のものを、あなたの神、主の家に持って来なければならない。(後略)

(出エジプト34:19) 最初に生まれるものは、すべて、わたしのものである。あなたの家畜はみな、初子の雄は、牛も羊もそうである。

(レビ記27:26) しかし、家畜の初子は、主のものである。初子として生まれたのであるから、だれもこれを聖別してはならない。牛であっても、羊であっても、それは主のものである。

(民数記3:12〜13) 「わたしはイスラエル人のうちで最初に生まれたすべての初子の代わりに、今これからイスラエル人の中からレビ人を取ることにした。レビ人はわたしのものである。 初子はすべてわたしのものだからである。エジプトの国でわたしがすべての初子を打ち殺した日に、わたしは、人間から始めて家畜に至るまでイスラエルのうちのすべての初子をわたしのものとして聖別した。彼らはわたしのものである。わたしは主である。」

(民数記3:41) あなたは、わたしのために、わたし自身、主のために、イスラエル人のうちのすべての初子の代わりにレビ人を取り、またイスラエル人の家畜のうちのすべての初子の代わりに、レビ人の家畜を取りなさい。」

(エレミヤ2: 3) イスラエルは主の聖なるもの、その収穫の初穂であった。これを食らう者はだれでも罪に定められ、わざわいをこうむったものだ。―主の御告げ。―」

(ローマ書 8:23) そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

(1コリント15:20) しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

(1コリント15:23)しかし、おのおのにその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。

(ヤコブ書1:18) 父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです。
(聖書引用以上)

このように、「初穂」は神に属しており、神がご自身の直接的支配を主張されるものです。神に捧げるいけにえ、収穫物、そして諸国の初穂である「イスラエル」、その中の「初穂」であるレビ人、そして神の御子イエスご自身もイスラエルの初穂であり、すべての上に神がご自身の直接的支配を伴う所有を主張されます。イエスご自身は「死者の中からよみがえった」初穂でもあるのです。そして、イエスの御名によって救われた人はユダヤ人であろうと異邦人であろうとすべて「神の初穂」となるのです。

「初穂の祭り」について:

初穂の祭りの初穂とは、イスラエルの地でちょうど3〜4月頃に収穫期を迎える大麦です。イスラエルでは、大麦の収穫が3〜4月頃に始まり、6月頃まで続きます。初穂の祭りに関する御言葉は以下の通りです:

(レビ記23: 9〜14)

ついで主はモーセに告げて仰せられた。
「イスラエル人に告げて言え。わたしがあなたがたに与えようとしている地に、あなたがたがはいり、収穫を刈り入れるときは、収穫の初穂の束を祭司のところに持って来る。
祭司は、あなたがたが受け入れられるために、その束を主に向かって揺り動かす。祭司は安息日の翌日、それを揺り動かさなければならない。
あなたがたは、束を揺り動かすその日に、主への全焼のいけにえとして、一歳の傷のない雄の子羊をささげる。
その穀物のささげ物は、油を混ぜた小麦粉十分の二エパであり、主への火によるささげ物、なだめのかおりである。その注ぎのささげ物はぶどう酒で、一ヒンの四分の一である。
あなたがたは神へのささげ物を持って来るその日まで、パンも、炒り麦も、新穀も食べてはならない。これはあなたがたがどこに住んでいても、代々守るべき永遠のおきてである。
(聖書引用以上)

初穂の祭りは、8日間の過越の祭りの期間中に通常の金-土の「安息日」があたることがあります。その安息日が、「初穂の祭り」としてお祝いされます。ユダヤ教の宗派によって、ニサンの月第16日、すなわち過越の祭りの第2日目に行うところもあります。


Lederer社が発行するメシアニック・ジュー用の聖書暦
上記は2009年4月10日、11日の近影
10日(金)は、ニサンの月18日で、過越の祭りの「種を入れないパンの祭り」第2日と書かれています。
そして、その日はOmer 1、オメルを数える第1日目となっています。
このカレンダーでは、過越の祭り第一日目の翌日が「オメルを数え始める日」となっています。
そして、この日が「初穂の祭り(ヨム・ハ・ビクリーム)」となっています。

以下、「メシアニック・ジュダイズム」から引用します。

初穂―オメルを数える

レビ記23章9-14節には、初穂の祭りが、過越の祭りの後の安息日に祝われていることが書かれている。この祭りには、その年に収穫した最初の収穫物を神に捧げることが含まれている。すでに述べたように、すべての神の例祭における犠牲的な側面はメシアであるイェシュアがそれを行われた。

この祭りは、他の祭りに比べて聖書の中では「主な」祭りではないが、とても重要な意味を持っている。我々にとって、この祭りは復活を祝うものである。「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。キリストによってすべての人が生かされるからです」(Tコリント15章20、22節)。

初穂の祭りの意味は、来るべき大いなる祝福の約束である。大いなる祝福とは、主が復活されたので、イェシュアを信じる者たちすべてが復活するということである。それゆえ、メシアニック・ジューがこの祭りの慣習として奨励するのは、人々がコングリゲーションや家族で集まり、賛美をすることである。この復活の日に、レビ記23章9-14節とTコリント15章を読むことはすばらしいことである。

さらに我々のコングリゲーションでは、特別な捧げものを皆から集め、それを他の価値ある霊的な宣教を行っている団体に捧げて、我々すべてが持つものは、神の物であるということを示している。

古代イスラエルでは、初穂の祭りが祝われたのは、大麦収穫の初期の頃であった。我々はこれを覚えることによって、自分の民とその土地とのつながりを持つことができるのである。
(引用以上)

「初穂の祭り」のお祝い、それは「よみがえられた主」

「初穂の祭り」はちょうど「過越の祭り」の期間中の安息日(あるいは、過越の祭りの第二日目)に行われるので、ユダヤ教では、この日から「オメルを数える」第一日目として、50日を数え、50日後の「七週の祭り」(シャヴオット)に至る最初として、お祝いします。

神殿があった古代イスラエルでは、1オメルの大麦を毎日、50日間捧げてきました。毎日1オメルを捧げる、ということから、「オメルを数える」という週間ができました。1オメル古代の穀物を測るための度量衡で、現代の3.64リットルに相当します。(Wikipedia "Omer the volume")

しかし、メシアニック・ジューや、クリスチャンにとって、これは非常に重要な日です。すなわち、過越の祭りの期間中の「初穂」といえば、イエス・キリストの「死者からのよみがえりの初穂」にほかならないからです。

過越の祭りの期間中の安息日に、メシアニック・ジューはコングリゲーションあるいはシナゴーグに集まり、「死者の中からよみがえりしイエシュア」を祝う特別な礼拝を行います。その時、大麦の束を象徴として用い、コングリゲーションの指導者は、講壇やトーラーがしまわれている聖櫃(アーク)に向かって、大麦の束を「北、南、西、東」と、ちょうど十字に振って、主に祈ります。そして、「甦られた主」をお祝いします。

オメルを数える第一日目に、以下の祈りを捧げます。(ヘブライ語で)

「ほむべきかな、私たちの神であられる主、宇宙の統治者にて、主の御言葉によって私たちを聖別して下さり、オメルを数えるように命令されたお方」

そして、第2日目から第49日まで、ユダヤ教では毎日夜(その日の始まり)に、オメルを数える祈りをします。例えば、ある日がちょうどオメルを数え始めてから23日目であるとするならば、以下のように祈ります。(ヘブライ語で)

「今日は第23日目、オメルを数え始めて3週間と2日」

毎日オメルを数える時、実際に3リットルほどの大麦は使わず、大麦の束を毎日飾る、ということをしているシナゴーグもあれば、パンを用いているところもあり、特にルールがあるわけではないようです。

イエス・キリストが、過越の祭りの第一日目の日没が始まる前に、十字架上で亡くなられ、そして、約3日後の安息日明けに、弟子たちやイエスに従う女性たちの前に現れました。ユダヤ教徒は単に「オメルを数える第一日目」としての礼拝をシナゴーグで挙げますが、メシアニック・ジューは、この日こそイエシュアの復活を記念する日として、そして「オメルを数え始める日」として礼拝を捧げるのです。

参考文献
聖書 新改訳
メシアニック・ジュダイズム ダニエル・ジャスター著
Wikipedia英語版 "Counting the Omer""Omer the volume"

メシアニック・ジューが守る「主の例祭」の目次へ戻る
ホームへ戻る
Copyright© A Bridge Between Zion and Japan, Joy of Zion: All Rights Reserved